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【インタビュー】全社員が「当たり前に」生成AIを使う会社へ。住友化学が挑む「AIネイティブカンパニー」への道

最終更新日:2026/07/30

住友化学 AIネイティブ企業へ

生成AIの活用は、いまや一部の先進企業やIT業界にとどまりません。労働人口の減少やグローバル競争の激化を背景に、AIを「特別なツール」から「全社員が当たり前に使う道具」へと組織的に定着させられるかが、企業の競争力を左右するテーマになりつつあります。

とはいえ、個人利用の域を超えて全社に広げようとした途端、多くの企業が「どう浸透させるか」「どうリスクを抑えるか」で足踏みするのも現実です。

その問いに、日本を代表する総合化学メーカー・住友化学が一つの解を示しています。同社は「AIネイティブカンパニー」を掲げ、個人利用から組織変革へと歩みを進めてきました。硬く保守的と見られがちな化学業界にあって、なぜここまで踏み込めるのか。DX推進室 主任部員の奥野 弘尚(おくの ひろなお)氏に、その進め方と、組織に浸透させるコツを伺いました。

研究現場から全社へ ―― 住友化学のDX推進

機械学習の導入から「AIネイティブカンパニー」へ

―― まず、奥野氏がAI活用に携わるようになった経緯からお聞かせください。

―― 奥野氏
社内でちょうど機械学習が広まってきたタイミングで、データサイエンスの研修を第一期生として受けさせていただきました。もともとその分野は素人に近いレベルでしたが、上長の推薦を受けたかたちです。その後、デジタル革新部(現、DX推進室)に異動し、主に生産領域での機械学習を使った合理化や品質改善などを担当してきました。2023年からは、社内での生成AI活用推進にも携わっております。

―― 住友化学における「DX」は、どのように定義されているのでしょうか。

―― 奥野氏
当社ではDX1.0、2.0、3.0からなる3つのDX戦略を掲げています。DX戦略1.0として「デジタル4領域(R&D、生産、サプライチェーン、バックオフィス)の生産性向上」、DX戦略2.0としては「エンジニアリングチェーンの高速化、サプライチェーンの最適化などによる既存事業の競争力強化」、そしてDX戦略3.0では「コア技術/サービス/データを活かした新たなビジネスモデルの実現」を目指しています。さらに現在は、この戦略にAIを新たな基軸として取り入れたDX戦略Plusを推進しています。

競争力の源泉としてのAI ―― 「使わないと勝てない」

課題起点で技術を選ぶ ―― 「to be」からのアプローチ

―― AI技術の発展が著しいなか、現在のAIをどのように捉えていらっしゃいますか。

―― 奥野氏
ある種、我々が使わないと勝てないというか、企業の競争力として絶対に外せないものになっている、という感覚です。一方で、新しい技術やソリューションが次々に出てくるので、そのなかで自社にとって何が重要でどう取り組むかを見極めるのが非常に難しい。情報のスピードがあまりにも早いですよね。

―― 新しい技術は、出たらまず触ってみるという体制なのでしょうか。

―― 奥野氏
すべてに手を出すのは、リソースもコストも限られるので難しいと考えています。どちらかというと「How(手段)」から入るのではなく「to be(何をしたいか)」を先に定めて、それを実現するにはどういう手段やツールが適しているのか、という進め方をしています。

生成AIがすべてに最適とは思っておらず、ケースによっては機械学習モデルやルールベースといった従来型のほうが向いている場合もあるので、見極めながら進めています。

個人利用から組織変革へ ―― 全社に広げる地道な取り組み

研修とパワーユーザーが浸透を後押しする

―― ここからは、全社に広げていくまでの歩みを伺います。生成AIの活用に取り組み始めた当初は、どのように進めていったのでしょうか。

―― 奥野氏
無償版のChatGPTが出始めた頃は、世の中的にどれくらい有用なのかが明確になっていませんでした。競争力の源泉になりそうだとは見えていたものの、化学メーカーとして実際にどれだけ使えるのかは未知数でした。

幸い、オフィス業務からR&D・生産・サプライチェーンまで当社の業務領域をカバーできるメンバーがいたので、そのメンバーでユースケースを洗い出し、有用性を評価していきました。評価は大変でしたが、試す中でここまでできるのかなどワクワク感もあり楽しくもありました。

―― 全社への浸透を後押しした取り組みはあったのでしょうか。

―― 奥野氏
二つあったと思っています。一つは、ChatSCCの新機能をリリースするたびに、四半期に一度ほどのペースで開いてきた全社説明会です。もう一つが、率先してAIを使いこなす各所の「パワーユーザー」の存在です。彼らが自部署や事業所で勉強会を開き、社内インフルエンサーのように活用を広げてくれたことが、大きな後押しになりました。

※ChatSCC:住友化学が開発した社内向け生成AIサービス。入力情報が外部に漏れないセキュアな環境で自社独自情報を扱える点が特長で、2023年10月から約6,500名の全従業員を対象に運用を開始している。

―― 経営トップの関与についてはいかがでしょうか。

―― 奥野氏
経営トップも非常に率先してくださっています。生成AIの更なる活用促進に向けてワーキンググループを立ち上げたタイミングで、生成AIの利活用に関するトップメッセージを水戸社長から発信していただきました。

その際には、社長ご自身から「アバターで出せないか」というご提案もいただき、急遽アバター動画を作成して社内で発信しました。社長アバターは大きな反響があり、多くの社員がAIのポテンシャルを感じるきっかけになりました。

―― 定着が進んだいま、たとえば新しく入社した社員は、どこから使い方を身につけていくのでしょうか。

―― 奥野氏
まずは新入社員教育のなかで、社内で使っている「ChatSCC」の使い方や、その裏側の仕組みについての研修があります。かつてでいうOfficeソフトの使い方のように、AIをベースから学ぶかたちです。加えて、どういう点に気をつけて使わなければいけないか、といった注意点も含めて説明しています。

リスクへの備えと人の役割 ―― 早期のガバナンス整備

法務・知財との連携でリスクに備える

―― 化学の分野では、AIの誤りやハルシネーションが問題になる場面もあると思います。信頼性の面はどう整理されたのでしょうか。

―― 奥野氏
PoCの中でも、特に初期のモデルは精度がまだまだで、ハルシネーションが多く見られました。その課題が早い段階で分かっていたので、法務・知財とも連携して、どのような運用ルールであれば法的リスクまで含めてカバーできるかを一緒に検討し、合意しました。

当時整備したルールは、いまの一般的なガバナンスルールと比較してもそのまま転用できるレベルのもので、最初の段階でしっかり練ることができたのは大きかったと感じています。

※PoC(Proof of Concept/概念実証):新しい技術やアイデアが実際に有効かどうかを、本格導入の前に小規模で試して検証する取り組み。

人が最後に介入する ―― ヒューマン・イン・ザ・ループという考え方

―― AIに任せる領域と、あえて任せない領域についてはどうお考えですか。

―― 奥野氏
当社の考え方としては、ヒューマン・イン・ザ・ループが非常に重要だと考えています。AIにすべてを委ねて全ての決定をさせてしまうと、誰が責任を取るのか不明確になり、リスクも残ってしまいます。最後の判断・意思決定にはやはり人が介入することを大事にしています。

AIエージェントと「AI-Readyなデータ」へ ―― 自社データを競争力に変える

現場業務に広がるAIエージェント

―― 続いて、AIエージェントについて伺います。現在の取り組み状況はいかがでしょうか。

―― 奥野氏
個人利用から組織変革へと軸足を移すなかで、AIエージェントの業務への実装も具体的に進み始めています。社外向けにはリスクがあり慎重にならざるを得ない一方、社内であれば試しやすいので、まずは社内業務から取り組んでいます。

―― 実際に、どのような場面で活用されているのでしょうか。

―― 奥野氏
一つは、社内の問い合わせ対応です。最初の窓口となる初回ヒアリングのような部分を、AIエージェントである種置き換えていくという取り組みを、まさに進めています。これまで特定の担当者に聞くしかなかったことも、まずはそこに聞けば一次回答が得られる、という形を目指しています。

もう一つが、化学メーカーならではの領域です。新しい製造プロセスを立ち上げる際には、法的なリスクや安全対策の検討が欠かせません。取り扱い物質の法規情報の調査や、過去の事故事例・災害事例といったデータベースは蓄積されているので、そこを調査するようなエージェントの開発を、いま進めているところです。

業務の再設計と、自社データの活用

―― 奥野氏ご自身が、生成AIの可能性を実感されたきっかけは何かあったのでしょうか。

―― 奥野氏
もともと生成AIが出始めた頃、自然言語処理を少し勉強していて「自然言語の処理はやはり実装が難しい」と感じていました。ところがGPT-3.5や4.0を試してみると、きれいな文章を作り、会話がきちんと成り立つ。これはすごいと衝撃を受けました。

ちょうどその頃にRAGの話も出てきて、これは将来的に社内データが我々の財産になる、それをちゃんと取り込めるという強さだと感じ、驚きました。これまで研究をはじめ当社で蓄えてきた大きなデータを活用できるとなると、とんでもないナレッジになる。しっかり整理して取り込めれば、大きな改革につながるかもしれないと感じました。

※RAG(Retrieval-Augmented Generation/検索拡張生成):外部のデータを検索し、その結果を回答の生成に活かす仕組み。

―― そうした手応えも踏まえて、これからDXを発信していく立場として、今後の取り組みやビジョンをお聞かせください。

―― 奥野氏
大きく二つの軸があります。一つは、冒頭で申し上げたとおり個人利用から組織変革へ移行しているので、既存業務の効率化ではなく、生成AIの活用を前提に業務そのものを新しくデザインし直すという方向です。

既存プロセスの置き換えではなく、この業務やタスクはそもそも要らないのではないか、というところまで含めて、AIだけでなくDXやITのシステムも含めて業務を設計し直す、よいきっかけにしています。

もう一つの軸が、自社データの活用です。一般的なAIはコモディティ化した知識を学習しているため、革新的なアイデアは出づらい。だからこそ、これまで培ってきた社内データをいかに活かせるかが重要だと考えています。

ただ、当社にはかなりのデータがあるのですが、それが本当に「AI-Ready」になっているかというと、まだそうなっていない部分も潜んでいると思っています。ですので、この軸では、AI-Readyなデータの整備を、しっかりと進めていきたいと考えています。

※AI-Ready:データが整理・整備され、AIがそのまま活用できる状態になっていること。

―― 最後に、この取材を通じて伝えたいメッセージがあればお聞かせください。

―― 奥野氏
化学メーカーというと、硬くて保守的なイメージを持たれがちかもしれません。ですが実際は、情報セキュリティや制御のセキュリティといった守りをしっかり固めながら、新しいことにも積極的に取り組んでいる会社です。守りと攻めの両方を、よいバランスで進められているのではないかと思っています。

まとめ

硬く保守的と見られがちな化学メーカーにあって、住友化学のAI活用は、個人利用から組織変革へと段階を踏みながら、全社への浸透とガバナンスの両立を着実に進めてきました。課題起点で技術を選び、守りを固めたうえで現場に広げ、最後は人が判断を担う。そうした一つひとつの積み重ねは、これから組織的にAIを取り入れようとする企業にとっても、多くの示唆を含んでいます。

今回のインタビューを通じて見えてきたのは、生成AIを「特別なツール」ではなく「全社員が当たり前に使う道具」へと根づかせようとし、その先で自社データをAI-Readyに整え、業務そのものを設計し直そうとする同社の姿でした。守りと攻めの両面を見据えた住友化学の歩みは、AIネイティブカンパニーという目標が、決して遠い理想ではなく、着実に近づきつつある現実であることを感じさせます。

AIsmiley編集部

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